SOGO SEIBU TransCulture

B32 第40回伝統漆芸展 日本伝統漆芸展を支えた重要無形文化財保持者     (人間国宝)1 The Works of living national treasure 1 (全10点・全て©日本工芸会)

-蒔絵-
高野 松山 Shozan Takano
群蝶木地蒔絵手箱 国立工芸館藏


私の知る高野松山先生は60歳代後半からのことです。よく我が家でお酒を飲み、踊り、歌うという姿が記憶に残っています。「デッサンでは人物を描くのが最も難しいんだ」と言って、先生は80歳を過ぎてから豊島区の裸婦スケッチ教室に通い始めました。その帰りには必ず池袋のうなぎ屋さんでお酒を飲み、ご自宅までお送りした事を思い出します。高野先生の仕事の特徴は、美術学校時代に師の白山松哉より学んだ繊細な蒔絵技法で、硬くした漆で線を引く「鉄線描法」と称する針金のような付描などです。「絲巻形香箱」では1cm幅に30本程の平行した糸を描いています。その他、木地蒔絵、竹塗をはじめとした変塗など、明治期の技を多く用いた繊細なの世界を造り出しました。室瀬 和美

1889年 熊本県生まれ
1955年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
1965年 紫綬褒章受章
1975年 勲三等瑞宝章受章
1976年 没

-蒔絵-
松田 権六 Gonroku Matsuda
蒔絵鷺文飾箱 国立工芸館蔵


私が東京藝術大学大学院を修了して、田口善国先生の制作助手をしていた頃、田口先生に連れられて、松田先生のお宅までご一緒しました。ご挨拶を終えると早速、松田先生は漆の乾燥について話し始められました。「水気が蒸発してその中の酸素を漆に供給して漆の酸化作用を促進させる。そして人為的に感想を自由に調整することができる。いうことを聞かない人間に一杯飲ませるように漆も一杯飲ませるとたいへん良く乾く」などのように独特な口調で、相槌を打つ間も無く話し続けられました。
それまで松田権六先生の渋い重々しい表情の写真しか拝見していなかったので、どんどん言葉が出てくることを「まるで講談師のような話っぷりだなぁ」と驚いたことを覚えています。 小椋範彦

1896年 石川県生まれ
1947年 日本芸術院会員となる
1955年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
1963年 文化功労者
1976年 文化勲章受章
1986年 没

-沈金-
前大峰 Taiho Mae
沈金雷鳥文飾箱     国(文化庁保管)


大峰先生は自ら考案した点彫りを駆使して立体的な表現を可能にし、沈金を芸術域まで押し上げました。帝展を始めとして文展、日展、日本伝統工芸展と長きに渡り漆芸界で活躍し、今日も沈金師に多大な影響を与え続けています。
私は高校生の時より憧れていた前史雄先生に、卒業後無理を言って弟子にしてもらいました。ある時、一枚のパネルを彫って史雄先生に見せると金粉を入れておくからと預かってくれました。しばらくして先生宅に行くと大峰先生の部屋に行くようにと指示されて、恐る恐る部屋に入ると大峰先生が私のパネルを見つめながら「これは君が彫ったのか」と訊ねられ「良いね」と。私はこの瞬間に沈金の神様から背中を押された気がしました。その証拠に今でも私は沈金師です。     鳥毛清

1890年 石川県生まれ
1955年 重要無形文化財「沈金」保持者に認定
1964年 紫綬褒章受章
1966年 勲四等瑞宝章受章
1975年 勲三等瑞宝章受章
1977年 没

-蒟醬-
磯井 如眞 Joshin Isoi
蒟醬喰籠遊禽之図  
香川県漆芸研究所藏、撮影:高橋章


磯井如眞は香川漆芸の中興の祖といわれています。玉楮象谷以来、蒟醬、存清、彫漆の各技法に創意工夫を加え、特色ある香川の近代漆芸に貢献されました。如眞には特定の師はいませんでしたが、古典や古美術品から多くを学び、時勢にも明るかったと言われています。1956年に蒟醬の保持者に認定されましたが彫漆の作品も数多く制作しています。中でも「漆サボテンにホロホロ鳥飾棚」や「双色紙箱喜鵲之図」は、新しい彫漆の世界が随所に見られる代表作のひとつです。また如眞は寡作と言われていますが、実は多くの作品を残しています。展覧会に出品された作品は一作一作が「鏤骨の作」であり、大作を含む数多くが県や市の美術館に収蔵されています。香川漆芸は、玉楮象谷から磯井如眞と続き現在に至る「私淑」の系譜と言えるでしょう。  山下義人

1883年 香川県生まれ
1956年 重要無形文化財「蒟醬」保持者に認定
1961年 紫綬褒章受章
1964年 勲四等旭日小綬章受章
1964年 没
提供:香川県漆芸研究所

-髹漆-
赤地 友哉 Yusai Akaji
曲輪造彩漆鉢
国立工芸館蔵撮影者:米田太三郎1993 Photo: National Crafts Museum / DNPartcom


赤地友哉先生は、昭和50年石川県立輪島漆芸研修所に髹漆科が設けられ講師に就任されました。私は聴講生として再入所して先生のご指導を受けることとなり、その後も日本工芸会の伝承者養成事業に参加し、横浜のご自宅に通いました。
先生は金沢、東京で修業され、遠州流の茶道具の綺麗寂と言われる仕事が特徴でした。輪島塗とは対極にあり、道具の扱い方、漆の調合も違い、上塗漆はやや光沢があって、すっきりと薄い塗り立ての肌を好まれました。ある時、お酒を召し上がらない先生が、嬉しそうに「今夜は宿にこのわたを注文しておいた。あれを炊きたてのご飯にのせて食べると、この世ものと思えない美味しさで至福の時だ」と言っておられた事を思い出します。  小森邦衞

1906年 石川県生まれ
1972年 紫綬褒章受章
1974年 重要無形文化財「髹漆」保持者に認定
1978年 勲四等旭日小綬章受章
1984年 没

-髹漆-
增村 益城 Mashiki Masu mura
乾漆朱輪花盤    国(文化庁保管)


ルネッサンスの代表的な彫刻家としてミケランジェロを知らない人はいませんが、昭和から平成にかけて立体表現を漆芸作品として昇華させた増村益城先生も、勝るとも劣らない才能を持つ傑出した作家と考えています。漆という素材の特性を思い通りに表現できる技術力、造形力、感触や用途といった日本美術の伝統を存分に織り込んで、シンプルな形状ながら見るものに深い感銘を与えることのできる力量をお持ちでした。私が漆の世界で仕事をする動機ともなる憧れの存在でした。週末に奥様と各種の美術展にお出かけになる姿や仕事中の正確な手の動き、「腹いっぱい苦労するのが作家の楽しみでしょ」と仕事場で語られた熊本弁の口癖などを鮮明に思い出します。
林曉

1910年 熊本県生まれ
1974年 紫授褒章受章
1978年 重要無形文化財「髹漆」保持者に認定
1980年 勲四等旭日小綬章受章
1996年 没

-蒔絵-
大場 松魚 Shogyo Oba
平文輪彩箱  国(文化庁保管)


「愛・和・慈悲」の精神を根底に持って、秀作を次々と発表されていた先生が、ある時「富士山が描けない」とおっしゃいました。日本を象徴する霊峰に対する深い思い入れがありながら、第一作をなかなか生み出せないまま、伊勢の神宮美術館で「富士心神」という展覧会を取材された先生は、一つの悟りに至ります。
「私は私の欲のために富士が描けなかった。富士の名品はたくさんある。私はそれらに負けないものを作ろうとしていたが、私は私の富士山を作れば良いのだ。」
自らを平文師と称された大場先生、自分に嘘をつかず、純粋に一途に仕事をなさいました。生涯を通じて極めようとされたテーマは「寸尺の器に宇宙の調和を盛る」ことでした。  市島桜魚

1916年 石川県生まれ
1978年 紫綬褒章受章
1982年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
1986年 勲四等旭日小綬章受章
2012年 没
提供:石川県立輪島漆芸技術研修所

-蒟醬-
磯井 正美 Masami Isoi
蒟醬矢羽根文箱 香川県漆芸研究所蔵


現代の蒟醬による表現方法は、先人のたゆまぬ研鑽によって受け継がれてきました。
中でも先生が探究された角剣による点彫りを応用した「往復彫り」や木彫の丸刀を使った「蓮華彫り」、そしてそこに多彩な色埋めを組み合わせることで面表現の可能性が大きく広がりました。加えて心象や心理といった抽象的な主題の奥深い追求により、新鮮な作品を創出され、蒟醬の表現領域はより大幅に拡大したと思います。先生は「非真面目を真面目に続けるんです」と言われました。あまりのユニークな言い回しに心奪われ思案してみましたが、真意は推し量れませんでした。ただ、常に時代の先端を意識し、それを作品で体現されてきた先生の日頃の些細な心情が垣間見えた気がして、少し嬉しくなった事を覚えています。   藤田 正堂

1926年 香川県生まれ
1985年 重要無形文化財「蒟醬」保持者に認定
1986年 紫綬褒章受章
1998年 勲四等旭日小綬章受章
提供:香川県漆芸研究所

-蒔絵-
寺井 直次 Naoji Terai
金胎蒔絵漆箱「飛翔」 国(文化庁保管)


金沢の中心部から少し離れた山間、別所町に寺井直次先生の工房がありました。何度かお宅を訪れ、先生の創作環境を垣間見る機会がありました。ある大雪の日、タクシーが坂道で止まってしまい、雪道を歩いて先生のお宅に伺うと「よく来たね、大変だったろう」と、あたたかく迎えてくださいました。石川県立美術館で先生の回顧展が開催された時、若い頃の作品を目の当たりにしして、確かな技術に裏付けされた気力あふれる創作群に大いに学ぶべきところがありました。金胎漆器と卵殻を加飾表現として生涯に渡り研究し、取り組まれた先生の仕事は次世代に繋がる業績です。  中野 孝一

1912年 石川県生まれ
1983年 勲四等瑞宝章受章
1985年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
1998年 没
提供:石川県立輪島漆芸技術研修所

-蒔絵-
田口 善国  Yoshikuni Taguchi
日蝕蒔絵飾箱  国立工芸館蔵


父善国の作品制作に対する日頃の姿勢をお話いたします。スケッチを画帳に描くこともありましたが、広告の裏側や文字が書かれた面にも気にせず描いたりしていました。描く事により動植物の特徴を脳裏に焼き付けていたようです。また、常に図案を考え描き留め、その中から幾つかを選定し、更に一つに絞り込みながらまとめ上げていました。材料では高価なものでも臆することなく色としてとらえ、自由に用いて表現することが大切と話していました。薄貝の切貝では、ネオン街の明かりをイメージし、輝きとリズム感のある配置を心掛けなさいとも話していました。また仕上がりの完成度の高さは作品の印象に大きく影響を与えるので、よく漆のつやは黒ダイヤの
輝きのようにと、よく話していたことが思い出されます。  田口義明

1923年 東京都生まれ
1985年 紫綬褒章受賞
1989年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
1998年 勲四等旭日小綬章受章
1998年 没

お手数ですが、お問い合わせ内容欄に必ずB32 第40回伝統漆芸展 日本伝統漆芸展を支えた重要無形文化財保持者(人間国宝)1と記入してください