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B33 第40回伝統漆芸展 日本伝統漆芸展を支えた重要無形文化財保持者 (人間国宝)2 The Works of living national treasure 2 (全12点・全て©日本工芸会)

-蒟醬-
太田 儔 Hitoshi Ota
籃胎蒟醬茶箱「春風」  国(文化庁保管)


太田儔先生との出会いは大学での講義ですが、それは学術的な内容のみならず、持参された蒟醬剣で文字や昆虫を目の前で彫ってくれる実演もあり、楽しく充実したものでした。先生は伝統的な蒟醬の線彫りはもちろんのこと、独自の技法の考案にも心血を注ぎ、1mm幅に7~8本の線を引く「布目彫り」で幻想的かつ繊細な絵画表現を可能にされました。刃先をどのように研げばどのような線が生まれるのか、常に探求されていたように思います。また、かつて高松の漆器は監胎だったことに衝撃を受け、籃胎漆器の再興をライフワークにされていました。玉楮象谷作品や楽浪漆器など多くの作品や文献の研究を行い、ついに堅牢さと美を兼ね備えた素地を完成されたことは周知の通りです。先生の真摯な制作姿勢に触れたことは、私にとってかけがえのない財産となっています。  高橋 香葉

1931年 岡山県生まれ
1993年 紫綬褒章受章
1994年 重要無形文化財「蒟醬」保持者に認定
2001年 勲四等旭日小綬章受章
2019年 没

-髹漆-
塩多慶四郎  Keishiro Shiota
乾漆蓋物「悠悠」MOA美術館蔵
私が物作りの世界に入ったきっかけは、大阪で父の作品を見た時です。他の物とは全く違うと思った事が始まりでした。
父からは初めに植物の葉の写生をしろと言われました。今思うと全体の形、バランス、曲線の美しさ、また色々な物を見て、感性を磨きなさいと言っていたのだと思います。父は仕事に対する姿勢が違っていました。父は戦時中に特攻隊に志願しましたが、終戦で出撃出来ず、「貰った命だから自分に厳しく妥協は許さない」という作品作りでした。それは研ぎの技の凄さに表れていました。私が研いだものを、父が研ぎ直すと雰囲気がガラリと変わりました。「何も言わず見て学べ」という教えは、いま私の物作りに生きています。          塩多淳次

1926年 石川県生まれ
1987年 紫綬褒章受章
1995年 重要無形文化財「髹漆」保持者に認定
1999年 勲四等旭日小綬章受章
2006年 没

-螺鈿-
北村 昭斎  Shosai Kitamura
螺鈿盛器「清流飛燕」


先生の仕事部屋には貝を切り抜く規則正しい音が響いていました。時折、そんなお仕事の合間にお話しをしてだけることがありました。修復に携わった漆芸品のこと、漆芸技法のと、歴史のこと、子供の頃の奈良のこと、奈良における千年以上の時間の中で、先人たちの遺したものや技に誰よりも濃密に関わってきた先生の言葉は、紙に書かれたどんな文字や資料を読むよりも体に沁みわたりました。
先生の作品は、遥か昔から連綿と技術を磨き続けてきた人々の営みの結晶のようです。お話が終わると、再び糸鋸を引く音が響きます。まるでそれは古都の歴史が今日もまた紡がれていくようでした。       しんたにひとみ

1938年 奈良県生まれ
1998年 紫綬褒章受章
1999年 重要無形文化財「螺鈿」保持者に認定
2008年 旭日小綬章受章
撮影:山下暢之

-沈金-
前 史雄 Fumio Mae
沈金箱「幽玄」 国(文化庁保管)


高校時代に拝見させていただいた「沈金たんぽぽ文飾盆」の繊細な彫りと心豊かな表現に私は見入ってしまいました。その瞬時の出会いが作家の道を志す決意となったのです。作品づくりに迷いがあった時、「作品とは図案を練り直す、彫りに創意工夫すること」と、ご指導くださいました。
「稲穂に雀色紙箱」の金地に沈金を施した作品に感動し、一層憧れを抱きました。次々と制作される斬新な作品は、私の目標となっています。「沈金箱 篁」では、考案された槍先状の刀による一刀彫りの卓越した技に、感動と新たな沈金の広がりを感じました。
私は何度も先を見失う時がありますが、先生の作品から手がかりを得ることができます。常に学びの師表なのです。沈金伝承者養成研修会においての実技指導では、熟練された先生の沈金をあらためて拝見する機会を得られた事は大変有意義でした。          西 勝廣

1940年 石川県生まれ
1999年 重要無形文化財「沈金」保持者に認定
2001年 紫綬褒章受章
2010年 旭日小綬章受章
提供:石川県立輪島漆芸技術研修所

-髹漆-
大西 勲 Isao Onishi
曲輪造朱溜盛器     国(文化庁保管)


伝承者養成研修会にて令和元年、2年と大西先生から学ぶ機会を賜り、ご自宅の作業場にて手ほどきを受け、沢山のお話を伺いました。「我々にとって一番大切なのは『何を作るか』というテーマであり、漆の仕事は難しくないのでやるかやらないかだけ。ただ、上を見ても下を見てもキリがなく、自分がどこにいるのかどうなりたいのかという自問自答を工芸を通してやっているのだ」と仰られていました。「便利な世の中になりましたが、天然の素材や昔ながらの仕事にならう事が一番の力になり、今やっているその作業の答えは次の工程が教えてくれる。基礎ができていないものに応用はできない」とも。「自分にうそをつかない人生を。」最後の一塗りですべてが隠れる鬆漆の膨大な作業に込められた哲学や人としての純粋性を教えていただきました。   神垣夏子

1944年 福岡県生まれ
2002年 重要無形文化財「髹漆」保持者に認定
2004年 紫綬褒章受章
2015年 旭日小授綬章受章

撮影:大橋弘

-髹漆-
小森 邦衞  Kunie Komori
籃胎箱「黒」


小森邦衞先生の作品の私の最初の記憶は、日本伝統漆芸展の輪島会場でした。その頃の私は輪島の漆芸技術研修所で右も左もわからず作品制作に取り組んでいました。展示ケースの前でそこだけ閑かに霧雨が降っているような感覚に包まれ、これが「作品」というものなのだろうかと見つめたことを覚えています。のちに弟子入りすることになり、その作品は無音の仕事場で生まれていたことを知りました。沈金職人から始まった師の漆は、竹の編み目を生かした塗りの表現に到達するまでに幾多の思考と試行錯誤が重ねられ、それは今、作品制作だけに留まらず、漆芸の将来へも注がれていることに尊敬の念に堪えません。         水口咲

1945年 石川県生まれ
2006年 紫綬褒章受章
2006年 重要無形文化財「髹漆」保持者に認定
2015年 旭日小綬章受章

提供:石川県立輪島漆芸技術研修所

-髹漆-
增村紀一郎 Kiichiro Masumura
乾漆銀地茶箱「糸菊」


増村紀一郎先生は東京藝術大学の漆芸科を卒業、修了され、その後退官まで40年余りにわたって東京藝術大学で後進の指導にあたられ、名誉教授となられました。私が漆芸科に在籍した当時、助手の増村先生から独特な指導を受けた記憶があります。卒業制作用の松材を入手する際、「材木屋には製材した時に出る端材があるから、値段も安く厚みも薄いのですぐに寸法が合わせられる」との示唆でした。その通り材木屋には端材はたくさんあり、安く手に入れることが出来ました。このような知恵は増村先生の経験値としてふんだんにあり、工芸家として大切な姿勢を教えていただきました。先生は伝統の漆芸技法を用いて、造形的漆芸作品を生み出してこられました。近年の作品ででは視点を少し高い位置で思考され、新しい漆芸世界の構築を試みておられます。それに私も続きたいと思います。   築地久弥

1941年 東京都生まれ
2002年 紫綬褒章受章
2008年 重要無形文化財「髹漆」保持者に認定
2012年 瑞宝中綬章受章

-蒔絵-
室瀬 和美 Kazumi Murose
乾漆蒔絵水指「精」


東京藝術大学の大先輩ですが、お話できたのは私が文化財の修理に従事してからです。池袋のご自宅で父上春二先生のお話には松田権六先生、増村益城先生が登場し、さらには田口善国先生との酒席でのとっておきの漆芸談もひきだされました。羨望の漆芸相関図は他ジャンルにも広がり、ご自身作のハーブと浄瑠璃の見台を用いた和洋楽のコラボコンサート等も開催されています。国宝や正倉院御物の復元の際の調査で制作当時の材料・用具の追求をされ、再現した鑢で下ろした金粉はご自身の作品にも使われています。作品を拝見する度にどうすればこんな表現ができるのかと複雑で高い技術に驚き、質問が次々浮かんできます。先頭を歩いておられても、必ず振り返って答えてくださる方です。         奧窪聖美

1950年 東京都生まれ
2008年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
2005年 紫綬褒章受章
2021年 旭日小綬章受章

-蒔絵-
中野孝一 Koichi Nakano
蒔絵箱「風船かずら」


先生との初めての出会いは、輪島漆芸研修所で私が22歳の時でした。そして今日まで展覧会でお会いする度にご指導いただいています。
中野先生の作品といえば、軽やかに飛び跳ねている動物たち、凛として咲く花など生命力を感じさせる図案、そこに金粉、貝、卵殻などを用いているのが特徴です。そこには、緊張感がありながらも遊び心があります。特に形と文様の調和がとれ、高蒔絵で表現された空間には美と気品を感じさせてくれます。これからも、中野先生の作品から刺激を頂きたいと思っています。   田中義光

1947年 石川県生まれ
2005年 紫綬褒章受章
2010年 重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定
2017年 旭日小綬章受章

提供:石川県立輪島漆芸技術研修所

-蒟醬-
山下 義人 Yoshito Yamashita
夕立蒟醬花器


山下義人先生の蒟醬は、深く彫った塗面に色漆を幾層も塗り重ね研ぎ出されています。その一つ一つの痕跡が緻密な色層と豊かな色彩、立体的な斑文を生み出し、奥深い心情表現に繋がっています。何よりも無垢な心による街いのない構図や表現は、見る人の心に深く刺さり感動を与えます。先生は好奇心にあふれた方で、「常若」であるという精神を創作の根底に持ち、常に新しいことに取り組むお姿を見せてくださいます。新しい挑戦には恐さも伴うものですが、向き合っているときこそやりがいを感じると仰います。制作の只中でも美を探求する心は進化を続け、その極限まで高めらた美意識の中で、今の時代を見つめた作品を生み出し続けておられます。         藪内江美

1951年 香川県生まれ
2007年 紫綬褒章受章
2013年 重要無形文化財「蒟醬」保持者に認定
2021年 旭日小綬章受章

-沈金-
山岸 一男   Kazuo Yamagishi
沈黒螺鈿中次「菊水」


山岸先生は木地から塗りにわたって素材や技法にこだわり、時間をかけて制作されています。先生の沈金は本来の金色を色彩の一つと捉え、彩漆の象嵌技法を中心に螺鈿を併用した作品など、細部にまで精緻な工芸技術が活かされています。
天性の技量に加え、正倉院宝物をはじめとした、先人の高度な技術や歴史などへの深い理解が作品に反映されています。これまでどんな時も出品を続けてこられたことに、先生の精神力の強さを感じます。振り返ると、苦しい中での出品時に度々受賞されていました。作業机の傍らには、次の着想を描いた紙が常に貼られています。創作への情熱はいつまでも変わりません。   水谷内修

1954年 石川県生まれ
2012年 紫綬褒章受章
2018年 重要無形文化財「沈金」保持者に認定

-蒟醬-
大谷 早人  Hayato Otani
籃胎蒟醬飾箱「茜」


私が太田儔先生の工房で学んでいた時、大谷先生が制作のお手伝いに来られていました。籃胎の木型に竹ヒゴを編んで組み合わせる作業や、布目彫り蒟醬など、緻密で正確な作業も常に楽しみながらされる大谷先生の姿が印象的でした。
太田先生に弟子入りして学ぶ中、さまざまな助け、慰めと励ましをいただきました。先生が制作される籃胎蒟醬の作品は、そのお人柄を反映して優美可憐であり、優しさと暖かさが溢れています。香川県漆芸研究所では、後進の指導に御尽力いただき、高い技術だけでなく、ものを大切にする日本の伝統文化の心も伝えてくださっています。  辻孝史

1954年 香川県生まれ
2009年 紫綬褒章受章
2020年 重要無形文化財「蒟醤」保持者に認定

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