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L10 谷敷 謙 個展『to be continued』 谷敷 謙 使用者の匂い、時間、身体性など生々しい情報群を、絵画に移植し、一種のモニュメントとして自立させる

本展とは関係のない話で恐縮ですが、夏目漱石(1867-1916)が1910年に詠んだ俳句に「腸(はらわた)に春滴るや粥の味」という酷く呑気な句があります。ですがこれを詠んだ年、漱石は胃潰瘍となって入院したり、ひどく血を吐いて危篤に陥ったり、ついでに言えば前年は養父からお金をせびられたり、どうも難儀なシチュエーションにいたようです。とはいえ粥を啜って春を感じている様を詠んだこの句を観る限りでは、どうにもそんな気配は感じられません。当時43歳だった晩年の漱石が、口髭をお粥で汚しているのほほんとした情景が浮かんでくるだけです。文学者なら病気や家族のややこしいリアリティを詠んだってよかろうと思うくらいです。
それはともかく、谷敷謙の今回の個展のタイトルは「to be continued」。英語圏で「また今度ね」とか「また後でね」とかお別れの際に使われるイディオムですが、当然ながら「続くこと」「この先もあること」というニュアンスがそこはかとなく含まれたフレーズです。実際に「その先」があるかどうかは分からないし、不明だけど、また後でねと、そんなふうにソフトなお別れを述べるための言葉です。
このタイトルと彼の作品は、どうも並べて考えることが可能なようです。谷敷の作品は木目込という江戸期に生まれた人形制作の技術を、誰かが使っていた古着を素材にしてつくる、移植性の強いペインティングです。「移植」とは、単なるものの移動ではなく、生きた何かに関する移動です。谷敷の作品は、いわば木目込という技術の歴史に織り込まれた人々の記憶や想い、感情、そして古着に染み込んだ使用者の匂い、時間、身体性といった有機的な、それこそ生きもののように生々しい情報群を、絵画という場所に移植し、一種のモニュメントとして自立させる試みです。形が変わっても、姿が変わっても、その存在を持続させること。まさに「続き」をつくり出すような作品と言えるでしょう。
このテキストを書いている時点ではまだ分かりませんが、おそらく会場には西武デパートの奉仕係(と呼ぶそうです)の着ていた制服を素材にした作品や西武鉄道の車内で眠りこける人々をモチーフにした作品が並んでいることでしょう。特に後者はアメリカ育ちの谷敷からすると信じがたい、そして同時に愛してもいる、この国特有の無意識に無邪気に他者を信頼している/してしまえている人々の在り方を捉えた風景です。そうした、いずれ流れ去ってしまうかも知れないけれど、少なくとも「いま」「ここ」にはあって、自身と交差しているモノ・コトを、谷敷は作品によって語り継ごうと試みています。テーマ自体は人間が有史からずっと抱いている矛盾(無くならないでほしい気持ちと流れていく世界)があるものの、カラフルで温度感のあるテクスチャの作品は、一見するとシリアスではありません。それこそ「また今度ね」くらいの気安ささえあります。そして、そのくらいが丁度良いのではないでしょうか。ちょうど親に金をせがまれ、病に冒された漱石がお粥を食べて「ああ、春だな」と思うくらいの呑気さが、意外と大切なのかもしれません。それに私たちが顔を俯けようと、頭を抱えようと、そんことはお構いなしに日は昇って季節は変わり、時代は流れ、世界は進むのです。だったらせめて楽しく前向きに、未来を考えてみても悪くないじゃないか。谷敷の絵画は、時に筆者には、そうしたことを時代に呼応しながら語る歌の様にも思えるのです。【23年3月記】

「receptionist」 727×606×約60mm

「receptionist south exit」 727×606×約60mm

「receptionist north exit」 606×727×約60mm

「unohanagaki」 727×606×約60mm

「ambassador」 1167×1167×約70mm

「fall asleep morning」 530×460×約55mm

「fall asleep noon」 530×460×約55mm

「fall asleep night」 530×460×約55mm

「first train from ikebukuro station」 1303×61940×約70mm

左より「-PAUSE-yui」「-PAUSE-ema」「-PAUSE-rin」各直径755×約60mm

「seibu ikebukuro line 1~4」 100×200×100mm

PROFILE

谷敷 謙

Yashiki Ken

経歴
1983年 東京都生まれ
1983年〜1990年アメリカ/カォル/サンディエーゴ
1990年〜1996年日本/東京
1996年〜1999年 シンガポール
2003年〜2009年杉野服飾大学/アートファブリック/卒業
受賞
2007年12月 JFW JAPAN CREATION TEXTILE CONTEST 2008新人賞
2018年9月  第25回ユザワヤ創作大賞展 グランプリ
2019年6月  ART OLYMPIA 2019 優秀賞
2020年2月  FACE2020損保ジャパン興亜美術賞 入選
2021年9月  神奈川県美術展 工芸 大賞
個展
2021年8月 渋谷リビング-‘PAUSE’-,東京
2021年9月 京都ワコールスタディーホール-‘touch point-,京都
2022年9月 HIRO OKAMOTO Art Gallery “FLOW &CONNECT”,東京
展示
2009年9月 水戸芸術館-森英恵と若いアーティスト達-東京巡回展,東京
2019年4月 新宿三越伊勢丹-ANTI EASY-,東京
2020年8月 新宿伊勢丹 ReStyle-THE POWER OF CHOICE-東京
2021年1月 UNIQLO TOKYO -intersection of UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE-,東京
2021年9月 spiral hall 表参道-‘section-,東京
2021年10月 新宿伊勢丹-‘certainly you exist-東京
2022年2月  阪急梅田 ニュースター達の美術展2022.大阪
2022年3月  新宿伊勢丹-ALL Blue-,東京
2022年7月  laveronica gallery TALKING ALL DAY, Spain
アートフェア
2019年10月 PARIS 2019 ART ELYSEESパリ,フランス
2022年4月 Kunst Rai Art Amsterdam2022,アムステルダム,オランダ
2022年5月 ART BUSAN 2022,釜山,韓国
2022年9月 D-art ART 2022,東京
2022年10月 ART TAIPEI2022,台湾

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